「監査マニュアル」開示に関する厚労大臣の「裁決取消し」を求め提訴

 岡山市で開業する暮石智英歯科医師(岡山県保険医協会理事、同指導・監査対策室長)は2012年(平成24年)11月7日、厚生労働大臣の「裁決」に基づいて開示された「保険医療機関等及び保険医等の監査マニュアル」(以下「監査マニュアル」)について、

①多くの部分を不開示とした理由が、厚労省自身に、指導・監査において犯罪捜査の権限があるかのような誤った前提にたったものであること

②636頁のうち302頁に黒塗りの部分を含み、そのうち72頁については一文字残らず黒塗りされるなど、不当な隠蔽が行われていること

③不開示処分について審査請求を提出後、同省が情報公開・個人情報保護審査会に答申するまで1年3か月余り放置したことは違法の疑いが強いことなどから、厚労大臣の裁決を取り消し、不開示部分をさらに開示するよう求める訴訟を広島地方裁判所に提起した。

 同日、暮石歯科医師は本訴訟の提起について、次の談話を発表した。

訴訟の提起にあたって(談話) 原告 暮石智英

2012年11月7日  

暮石智英歯科医師

 なぜ個別指導の対象となったのか、理由が明らかにされません。なぜでしょう。

 健康保険法73条に基づく個別指導には検査権がないにもかかわらず、カルテなどの帳簿類の「検査」が行われます。なぜでしょう。

 指導、監査時に録音を許可される場合と許可されない場合があります。なぜでしょう。

 個別指導での指摘事項が殆ど同内容にもかかわらず、指導後の措置が「経過観察」であったり「要監査」であったり、納得できない事例があります。なぜでしょう。

 不正請求額が数万円で取消しとなった医療機関がある一方、不正請求額が数百万円で「無罪」となった医療機関もあります。なぜでしょう。

 個別指導や監査が原因ではないかと強く疑われる医師・歯科医師の自死事件が後を絶ちません。なぜでしょう。

 不幸な結末をたどった医師・歯科医師に対して行われた個別指導や監査は、適正に実施されたのでしょうか。「適正な」指導、監査とはどういったものでしょうか。

 

 どの行政機関でも、それぞれ所管する法に基づいて関係事業者などへの行政指導や調査、不利益処分などを行いますが、多くのところで公正で透明性を確保した行政の推進に資するため、行政行為の基準となる「監査マニュアル」や「検査指針」などを公表しています。ところが厚生労働省は情報公開の流れに反する動きを強めています。

 私自身、診療報酬の改定時には数十項目の質問を提出していますが、まともな回答を得たことがありません。「保険診療は公法上の契約」といいながら、契約内容の一方的な変更に関する質問にすら回答しない厚労省の体質は極めて異常といわなければなりません。

 まして行政指導に「取り調べ」の手法を意識的に持ち込む同省にとって、個別指導や監査に関わる行政資料はできるだけ公表しないという思いが強いようです。

 「医療指導監査業務等実施要領(指導編)」(162ページ)「医療指導監査業務等実施要領(監査編)」(300ページ)「保険医療機関等及び保険医等の監査マニュアル」(636ページ)などは、厚労省の「行政文書ファイル」にも収載されていません。医療指導監査室長が今年3月に発出した「医療指導監査等業務に関する行政文書の開示請求に係る事務処理について」に記されている「対象文書」にもこれらの文書名は出てきません。

 開示するか否かは別にして、保険医にとって重大な不利益処分を伴う行政指針の存在そのものが隠蔽されているのです。

 

 こうした隠蔽体質のもとで実施される指導や監査が原因と思われる保険医の自死事件が後を絶ちません。岡山県保険医協会が事務局を担当する「指導・監査・処分取消訴訟支援ネット」には、全国から理不尽な個別指導や監査に関する相談が寄せられています。

 相談を通じて、自死に至らないまでも多くの医師・歯科医師がPTSD(心的外傷後ストレス障害)で苦しんでおり、「二度といやな思いをしたくない」と萎縮診療を余儀なくされ、結果として患者さんへの必要な医療を手控える事態も見受けられます。

 私は、保険医にも国民にも様々な不幸をもたらす厚労省の隠蔽体質と、そうした体質のもとで実施される指導・監査のあり方を少しでも改善したいという思いから、「監査マニュアル」の開示に関する厚生労働大臣の「裁決」を取り消し、不開示部分をさらに開示するよう求める訴訟を提起しました。

 

 本訴訟は、関係団体や多くの保険医の長年にわたる指導・監査改善の取り組みの到達点をさらに前進させ、新たな段階を切り開くものになると確信します。

 皆様のご理解とご支援を心からお願い申し上げます。

 

【解説】「裁決取消し訴訟」について

 厚労省は近年、従来開示されていた行政文書を不開示処分とする事例や、明らかに存在すると思われる情報を「不存在」として開示しない事例、さらに行政不服審査法に基づく審査請求も長期間棚上げするなど、益々隠蔽体質を強めている。

 厚生労働省が指導・監査に係る行政文書の開示を拒否する主な理由は、「公にすることにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがある」「監査、検査、取締り、試験又は租税の賦課若しくは徴収に係る事務に関し、正確な事実の把握を困難にするおそれ又は違法若しくは不当な行為を容易にし、若しくはその発見を困難にする」など、情報公開法第5条4項及び同条6項イを根拠とするもので、他の省庁と比較しても極めて異質なものと言わざるを得ない。

 そのことは情報公開・個人情報保護審査会(以下「審査会」)の「答申」において、「不開示」とした諮問庁の判断を「妥当」としたものが全省庁平均72.3%であるのに対し、厚生労働省は58.3%(2001年〜2010年の累計)に留まっていることからも明らかである。

 こうした体質が、行政指導に過ぎない個別指導においても保険医を犯罪者扱いにする「密室での取り調べ」を常態化させ、「保険医の自死」「贈収賄事件」という社会的病理現象の温床となっている。

 今回の訴訟で問題とされている「監査マニュアル」は、暮石歯科医師が2009年8月に中国四国厚生局長宛に開示請求を行ったものの「不開示処分」となったことから同年10月に厚生労働大臣宛に審査請求を送付、「審査会」における審議を経て2012年5月に厚生労働大臣が一部を開示するとの「裁決」を行ったものである。(本件は、当ホームページで紹介している高久隆範支援ネット代表世話人のものとは別に、暮石歯科医師が14項目の行政文書とともに開示請求したもの)

 厚生労働省が審査請求を1年3か月余り「店晒し」にしたことから、請求から開示されるまで2年9か月という長期間を費やすこととなった。

 裁決によって開示された「監査マニュアル」は636ページに及ぶが、「監査調査書」などの様式(=ひな形)も含め、多くの部分がマスキングされており、別件開示請求では開示された行政文書も不開示とするなど、情報公開の流れに逆行するものとなっている

 今回の訴訟は、1922年(大正11年)に制定された健康保険法の下で連綿と続けられてきた裁量権の逸脱・濫用による個別指導、監査、違法な保険医取消処分のあり方の基本に関わる極めて重要な意味を持つ。


 

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