健康保険法73条で「保険医療機関及び保険薬局は療養の給付に関し、保険医及び保険薬剤師は健康保険の診療又は調剤に関し、厚生労働大臣の指導を受けなければならない」(国民健康保険法、船員保健法なども同じ内容)とされており、これが法的な根拠です。
個別指導の具体的な取扱については、「指導大綱」(保険局長通知・別添1)、及び各都道府県社会保険事務局が作成する「指導要綱」に基づいて実施されます。
指導対象医療機関等の選定は、地方社会保険事務局長が指名する技官及び事務官等を構成員とする選定委員会で決められます。
社会保険事務局の指導医療官及び事務指導官、都道府県の医療指導官及び国保担当者(名称は都道府県により異なります)が行います。
しかし多くのところでは、指導医療官に変わって社会保険事務局が委嘱した「保険指導医」が、指導当日だけ「公務員」として指導を行っています。
医療機関に対する指導は行政指導であり、行政手続法に基づいて運用されなければなりません。
このことは2003年(平成15年)6月12日、高久隆範支援ネット代表世話人(当時は保団連副会長)などによる厚生労働省交渉で、医療指導監査室長補佐も認め、暮石訴訟でも岡山地方裁判所は判決文のなかで明確に認めています。
さらに被告・国側の暮石訴訟準備書面でも認めており、議論の余地はありません。
行政指導ですから、あくまでも行政側の「こうして欲しい」という意思表示にすぎません。
行政手続法32条は、「行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない」と、行政指導の一般原則を定義しています。
また、暮石訴訟で裁判所も国側も、「指導に従うか否かは任意に決定することができる」と認めています。
さらに控訴審における被告準備書面では、「被指導者が立会医師にメリットを感ずる第一のケースは、指導官の見解に異論がある場合であろうが、指導を受ける者は自ら医療の専門家として同意できない旨を述べ、指導に従わないこととすればよい」とまで言い切っています。
岡山県で2008年(平成20年)7月に実施された個別指導の際も、被指導者の質問に医療管理官は「指導内容に従うか否かは任意」と回答しています。
行政手続法32条2項では、「行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱をしてはならない」と規定しています。
監査などをちらつかせて指導に従わせようとするのは、違法行為に該当します。
暮石訴訟で国側は、「指導に従わなかったことを理由に不利益な取扱をすることはない」と明確に述べています。
行政手続法を管轄する総務省は2004(平成16年)年12月、「行政手続法の施行及び運用に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」を出しました。
この中で、アンケート調査の結果「行政指導への対応が任意のものであることを知らなかった」(68.1%)、「納得できないまま行政指導に従った」(60.0%)という回答が多かったことから、「行政指導が相手方の任意の協力によってのみ実現されるという行政手続法の趣旨が達成されるためには、行政指導の相手方である事業者等が、行政指導への対応が任意であることを承知した上で、適切な判断ができる状況」にするよう求めています。
厚労省がこの勧告を遵守するのであれば、「個別指導実施通知書」などに「任意」である旨を記載するなど、改善が求められます。
岡山県で実施された個別指導で、指導実施日が休診日でなかったことから、日時の変更を申し出て変更させた事例があります。
また2005年(平成17年)12月、総務省山形行政評価事務所は県内の医療機関等へのアンケート調査の結果に基づいて、集団指導や集団的個別指導を平日の夜間又は休日に行うことなど、社会保険事務局に改善を求める「所見表示」を行っています。
さらに行政法の第一人者である東京大学大学院の宇賀克也教授は、暮石訴訟岡山地裁判決について、「正当な理由に基づく調整依頼に行政側は応じるべきで、当初の計画に固執した場合、裁量権の逸脱、濫用の問題が出てくる」という見解を示されています。
2003年(平成15年)6月12日に行われた厚労省交渉で、高久隆範支援ネット代表世話人(当時は保団連副会長)が「個別指導が任意の協力によるものであるなら、持参物は単なる『お願いリスト』に過ぎないということか」と追及、医療指導監査室長補佐は「持参物はあくまでもお願い」であることを認めました。
また、2008年(平成20年)7月23日に岡山県で実施された個別指導において、被指導者の「持参物は強制か任意か」との質問に医療管理官は、「もちろん任意と言えば任意ですね。ですから、それはご協力頂かないと指導ができないということをご理解お願いしたい」と回答しています。
被指導者に対して、カルテをはじめとした帳簿類を提示を命じ、質問などを行うことは検査権の行使に該当します。行政指導と検査は全く異なるものです。
ところが個別指導などの根拠法である健康保険法73条には、医療機関等は「厚生労働大臣の指導を受けなければならない」と書かれているだけで、検査の権限は与えられていません。
医療機関などに対し、「診療録その他の帳簿書類の提出若しくは提示」を命じ、「関係者に対し質問」を行い、「診療録、帳簿書類その他の物件を検査」する権限が付与されているのは、健康保険法78条など限られます。
しかも、質問又は検査を行う職員は「その身分を示す証明書を携帯し、かつ、関係者の請求があるときは、これを提示しなければならない」(78条2項)と規定されており、検査に該当する条文ごとの「検査証」があります。
岡山県で行われた個別指導で、指導担当者に第73条に関する「身分を示す証明書」の提示を求めた事例がいくつかありますが、いずれも「持っていない」という回答でした。
全国各地の個別指導で指導内容の録音は広く行われており、行政側に拒否する根拠はありません。
個別指導が密室で行われ、いまだに人権を無視した詰問や追及が行われるという事例が後を絶ちません。
個別指導や監査を苦にした痛ましい事件も起こっています。
本来の目的に沿った正しい個別指導を実現するためにも、弁護士の同席は大きな力になります。
「指導の内容に従うか否かは任意」という裁判所や国の見解と矛盾しますが、「指導大綱」では改善を求められた内容等によって「概ね妥当」「経過観察」「再指導」「監査」の4つの措置が決められています。
指導終了時に、指導の結論ともいえる「措置」について確認することが大切です。
当支援ネットの木村秀仁世話人は、自身の指導後の講評で「概ね妥当」と言われましたが、後日送られてきた指導結果通知書には当日指摘されていない指摘事項が書き加えられ、措置も「経過観察」とされていました。
木村世話人は総務省行政評価事務所や情報公開審査会などでの議論を経て、社会保険事務局長に謝罪文を手交させると共に、指導結果通知書を撤回させることができましたが、そのために3年間の歳月を費やしました。
監査のQ&A
#01
監査は、どのような法律に基づいて行われるのですか
#02
「監査は警察の取り調べのようだ」という話を聞きますが、本当にそうなのでしょうか
#03
監査を受けると、必ず取消処分になるのですか
#04
監査から取消処分が決まるまでの手続きは、どのように行われるのですか
#05
保険診療や請求について些細な誤りは避けられないと思いますがこれらも「不正請求」となるのでしょうか
#06
患者調査による風評被害で医院経営にも大きな打撃を被りますがこれは仕方ないことなのでしょうか
#07
不正請求が明らかになった場合、それが僅かな金額でも一律に5年間の取消処分になるのです
#08
処分に不服がある場合は、どのような手だてがありますか
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