支援ネット「9・23訴訟支援集会」を終わって

支援ネット代表世話人 高久 隆範

 

はじめに

 たかが行政指導でしかない健康保険法第73条に基づく個別指導において、自殺者を出すほどの脅しや押しつけが行われているという実態は、かなり広く明らかになってきた。紆余曲折はあったが、それぞれの個別指導改善の闘いにより、弁護士の帯同や録音が実現しつつあるが、未だ行政手続法に基づく個別指導にはなっていない。

 さらに、健康保険法第78条に基づく質問検査(監査)の実態については、その性格から、被監査者がその経験を述べることもなく、ほとんどその実態は明らかになってこなかった。この集会で語られた監査、処分の実態は、多くの参加者の想像を超えるものであった。勇気を持って、監査の不当性、処分の不当性について体験を通して暴露された原告、弁護士の方々に厚く御礼申し上げたい。

 また、監査になれば、回りの医師・歯科医師も「何か悪いことをやっていたのだろう」という偏見から、被監査者が相談する場もなく、孤立無縁になっている。そういう中で、患者や弁護士に励まされ、訴訟などの闘いに立ち上がった先生方に敬意を表する。

 今、暗黒の闇の世界でしかなかった指導、監査、処分の現場に法の光があたろうとしている。これが、この集会の切り開いた境地であろう。

 

(1)9・23支援集会で明らかになったこと


1)指導や監査での人権蹂躙の数々

(1)指導、監査では、「赤紙」と言われたように一方的な日時、場所を指定した呼び出しが行われ、被指導者の変更を要求する我々の主張に対して岡山地裁、広島高裁は何の判断も示すことができなかった。それは我々の行政手続法に基づく正当な要求であったからである。

(2)患者調査においては、「喫茶店で事務官が口腔内を調べた」、施設で「歯磨きぐらいなら施設のスタッフでできるだろう」と暴言を吐いたなどという歯科医師法違反とも言える調査が行われている。また、どの監査でも、「受診アンケート」のような患者調査で誘導質問や杜撰な調査が行われ、監査の重要な証拠として扱われている。そうであるがために、監査後に患者の指摘により社会保険事務局が取り下げなければならなくなったものも少なくない。(山梨)

(3)また、指導や監査では、多数の係官が取り囲んで、被指導者や被監査者への誘導尋問、押しつけ、懐柔など違法と言わざるを得ないやり方がまかり通っており、被指導者や被監査者の意見を聞き入れない実態が広範に存在する。高知の事例のように、社会保険事務局ぐるみで患者調書にもないウソをでっち上げて不正だと認めさせようとすることすら行われている。

(4)さらに、個別指導においてすら「監査にかけるぞ」、「全てを失うぞ」というような脅しを含めた広範な人権侵害が行われている。にもかかわらず、多くの場合、立会人はその役割を果たすことなく、不法、不当な指導、監査が放置されている。

(5)弁護士や同僚医師の帯同、録音すら認めない現在の指導、監査のやり方には、指導・監査の場での人権侵害だけでなく、選定理由の決定、患者調査、指導・監査後の措置や処分の決定など最初から最後まで行政の裁量権の逸脱、濫用という 違法行為が助長される仕組みとなっており、現に行われていることが明らかになった。

(6)また、指導後の措置の決定においても、「字が汚い」という理由で「再指導」となったり(青森)、言うことを聞かなかったというだけで「人間性に問題がある」として取消処分になる(兵庫)など、行政措置、行政処分の基準のなさを露呈している。

(7)総じて、現在の指導、監査の目的は、「誤りがあれば正す」という本来の指導・監査の目的を逸脱し、医療費抑制のために保険医全体に萎縮診療、萎縮請求を強いるための一罰百戒の見せしめとして、しかも一部の関係者の恣意に基づいて行われていると言わざるを得ない。

「開業医はなぜ自殺したのか」(1995年/平成7年)の著者であるフリージャーナリストの「まだこのような実態があることに驚きを禁じ得ない」という発言を噛みしめる必要がある。

 

2)争われているのは不当な指導・監査手続、不当な処分の仕組み

 岡山の個別指導訴訟は、行政手続法に基づき個別指導改善を求める闘いである。
 高知の監査訴訟は監査要件の判断、監査方法の違法を追及するものである。
 兵庫、山梨の訴訟は処分の取消という点で争われているが、これらの訴訟の争点は、「不正」「不当」の判断、 不当な処分手続、不公平な処分という仕組みの追及であり、行政の裁量の透明化、公平化を求めるものでもある。

 現在の監査は、兵庫、山梨に限らず各地で、まともな個別指導も行わず、監査に連動させる不当な監査手続が用いられている。また、被監査者に対して黒塗りつぶしの監査資料の開示や被監査者の弁明にまともに取り合わない形式的な聴聞、 さらに、まともな審議もせずに処分案を承認する地方医療協議会の運営、加えて、一律5年指定取消という量刑比例の原則を無視した処分の仕組み、などの問題が明らかになった。また、医療の現場に合わない医療費抑制と官僚統制のための保険ルールの暴露と改善を求める活動も重要である。

 

(2)訴訟を中心としたこれらの闘いの意義

 したがって、これらの闘いは、まず、各原告に対する不当な行政行為、行政処分を取り消すことにある。それにとどまらず、強権的に進められている不当・不法な指導、監査の実態を暴露し、行政手続法や憲法にふさわしい改善を図る闘いである。そして、そのことは、行政の裁量の濫用・逸脱をやめさせ、保険診療と保険医の権利を守る闘いであり、国民の医療を保障する仕組みを作る闘いでもある。現に、どの訴訟も多くの患者、住民の理解、協力と支援を得て進められていることが、その証左である

 

(3)指導・監査を改善する闘いの現在の局面と課題


1)個別指導

(1)この間に勝ち取った、「指導に従うかどうかは任意の協力」という岡山地裁、広島高裁判決を活かし、強権的、人権無視、監査まがいの指導を透明性、公平性、任意性を確保する行政手続法に則ったやり方に改善させること。

(2)そのためには、弁護士帯同や録音を当然のこととして実行すること。さらに、一部の県で実現している同僚医師の帯同を実現することが課題である。

 

2)監査、取消処分

(1)不法、不当な監査の実態を明らかにし、本当に不正なのか、何が不正なのかも含め、行政の強権的監査の実態を明らかにすること。特に、捜査まがいの証拠を握るまでの度重なる監査や「不正」の認定が恣意的に拡大される動きが強まっており、この闘いは最重要である。

(2)捜査まがいの患者調査・聴取など人権蹂躙の取り調べを止めさせ、真に質問検査にふさわしいやり方に改善させること。そのためには、弁護士帯同や録音を必ず実行すること。これを証拠に、訴訟も辞さずという闘いを行うこと。

(3)神戸地裁で勝ち取り、甲府地裁でも争点になっている量刑比例の原則を処分の公平性を確保するために活用すること。

 

根本的には、現在の指導大綱、監査要綱、健康保険法の見直しを目指す

 これらの個別の闘いを進める中で明らかになってきた指導大綱、監査要綱、健保法の問題点について改善を目指すことである。その内容は、行政手続法にもとづく見直しをおこなうことによって、保険医療機関と保険医の権利を保障させることである。

 

(4)医療構造改革路線における医療費抑制策の下で、地方厚生局への再編による指導、監査の強化の動きに対抗することが重要

 これらの闘いで明らかになった点は、監査の様相が大きく変わってきていることである。「故意」ないしは「重過失」を「不正」としてきたものが、現在は、「知らなかった」「理解が不十分であった」も含めて「不正」認定が拡大されるようになってきた。医療費抑制のための不合理な保険ルールの乱造に加え、行政の指導責任の放棄を医療機関と保険医の責任に転嫁し、 処分しようという動きの現れである。これらの動きを打破することなしには、保険医の未来も保険医療の未来もない。

 

おわりに

 今後、犠牲者を出さないためには、これらの闘いを強めなければならない。そのためには、これらの訴訟の勝利をはじめ、今後、一層指導、監査、訴訟への支援を広げていくことが不可欠である。9・23集会がこれらの活動推進の大きな一歩になるよう願っている。

 原告や弁護団の先生方の一層のご活躍と皆様のご支援をお願いする。

 

 

(C) 2008- 指導・監査・処分取消訴訟支援ネット