公務員としての一線を越えてどこにゆくのか向本発言
Vol-1

2010年8月21日

指導・監査・処分取消訴訟支援ネット
代表世話人 高久 隆範

 

 厚生労働省の政策コンテストで表彰された厚労省医療指導監査室の向本時夫氏が、医療情報サイトのインタビューで「保険医療指導監査部門の充実強化」を提案したわけを赤裸々に語っている。「匿名」に逃げも隠れもせずに自説を展開するのは結構であるが、発言内容は看過できるものではない。

 提案したわけを説明すればするほど、氏は公務員の一線を越えて指導監査をしてきたことを十分に語り、保険医への圧力を加えている。すでに抑止力を発揮しようとしているのか。氏の矛先はすべての保険医に向けられている。

 公務員としてふさわしくない向本氏に対して罷免要求を出したところであるが、それだけでは十分ではない。氏の発言には今まで口が裂けても言われることなどなかったであろう重大発言の連鎖が含まれている。

 氏の発言内容に即して徹底的に問題点を追及するものである。

 

1.指導、監査は取り調べか

 「我々としては・・・法律的な限界、ギリギリの中で取り調べをしています。・・・」と明言している。あっという間に一線を越えた発言だ。健康保険法に根拠条文がある指導、監査に「取り調べ」は認められていない。監査ですら監査調書を作成するために認められているのが質問検査権である。不正請求、不当請求の疑いのあるときに監査の場で、「事実確認のために」関係書類を閲覧して質問することが認められている。的確に事実関係を把握し公正かつ適切な措置をとることを主眼としているからだ。

 指導時には質問検査権すら認められていない。指導を受ける義務があるが指導の中身に従うか否かは任意であるからだ。

 氏は警察畑の人間を人事交流で受け入れたいと主張するが、すでに法律を飛び越えて「取り調べ」まで行ってきた。健康保険法により監査が犯罪捜査とは一線を画していることを知っているはずだ。(知らなければもっと重大問題だが)「取り調べ」は、犯罪捜査でのみ許容される。

 「法律的な限界、ギリギリの中で取り調べをしています。」という発言は、意味不明である。法律的な限界は、犯罪捜査である取り調べを許容していない。「ギリギリ」ではない。法を無視している。裁量権の逸脱とはこのようなことを言うのだ。氏のようないわば、指導、監査の元締めが率先して健康保険法を無視しているのだ。そのような裁量は認められていない。

 広い裁量が認められているとはいえ、健康保険法の枠組みを超えてやることは禁止されている。

 指導監査の現場が人権侵害の宝庫といわれるのは、氏が得々と語っているように「取り調べの」場になってきたからである。担当者の個人的な資質の問題ではない。指導、監査という仕組みの中で「取り調べ」が許容され、氏のような幹部職員が推奨してきた。自殺者がでるのはあたりまえだ。

 


2.保険医取消処分から刑事告発へ

 取り調べ捜査官の意識で指導、監査を行ってきた氏のことであるので、行政処分である「保険医取消」では満足できない。詐欺罪での刑事告発を目標にしている。刑事告発をしても金額等のことで起訴されないことにいらだちを感じている。監査で得られた情報は、犯罪捜査に使うことが禁止されている。

 2005年12月16日に出された「医師等の行政処分のあり方等に関する検討会報告書」では、わざわざ「行政処分と刑事処分は元来その目的を異にする」ものであると念押ししている。あくまでも監査は、検査権限の行使であり、健康保険法の規制を受ける。

 何とか捜査協力できないか?氏の問題意識はそこまでに進んでいる。そこで出てきたのが不正不当「氷山の一角」論である。

 

3.不正、不当金額は氷山の一角なのか

 氏が、社会正義に訴えるように強調しているのが「氷山の一角」論である。

 監査の結果、不正、不当と認定した金額は、監査で調書にできた患者に限定されている。ターゲットを絞った結果だから全患者に拡大したら莫大な金額になることもあるのではないか?このような物言いは素直に読んでしまうと説得力がある。

 氏が警察の気を引こうという気持ちがありありである。また、保険医に対しては、監査を受けて取り消しになるような場合は、公開される金額よりももっと悪質ですよというメッセージが届く。

 ところがである。不正、不当の認定をする監査の場が冤罪を生み出すとしたらどうだろう。監査を受ける者がどんなに反論しても現在の監査調書の書式では、「弁明欄」に書き込めるだけである。どのような意見、反論があろうが「監査者の意見欄」に記載された不正、不当の結論が覆ることはない。

 事実確認をする場である監査の実態は、今まで闇の世界であったが、いくつかの処分取消訴訟の闘いを通じて冤罪を生み出す監査の仕組みが明らかになっている。不正、不当を認定する監査の根幹に大きな問題がある。

 仕組みだけでなく、氏のように「見込み捜査官」のような問題意識で精力的に監査 をやっている。監査調書に、意に反して署名捺印したら、もう終わりである。すべての反論は無視される。氏は反論するかもしれない。意に反するようなら署名捺印しなければいいじゃないか。悪いことをやっていないのに署名捺印するわけはない、と。ところがどっこいそうはゆかない。署名捺印しなければどうなるか。監査が終了しない。監査期限に上限はない。行政裁量の名で何年でもできる。何十年でもできる。禁止規定はない。すでに監査3年目に入ってもまだ終わらない先生を知っている。

 監査を受けながら診療を続けることがいかに困難なことか。通常はあきらめて、意に反しても署名捺印してしまうように追い込まれるのである。氏のような見込み捜査官が監査を担当するのである。公開されている金額の信憑性を無邪気に信ずることはできない。まして、それを前提に「氷山の一角」などとは、あつかましい主張だ。

 「穴だらけの制度を作っておいて、その穴に落ちたからといって直ちに罰することは間違っている。行政当局としては、まず間違いを起こさないような親切があってよい。それが指導であり、一罰百戒主義を改める所以である」という文書がある。これは我々が言ったものではない。埼玉県や宮城県などで自殺者が相次いだ事態を受け、昭和35年3月に開かれた全国技官会議における「説示指示事項」である。

 自ら定めた行政方針も記憶の彼方に消え失せているなら、向本氏をはじめ医療指導監査室の面々には再学習することをお勧めする。

 

4.指導大綱の裏側に存在した闇

 氏の蛮勇は留まることがない。高点数を基準に選定する指導のプロセスに、「問題のある(と見込んだ)医療機関」を恣意的にリストアップしていることが判明した。ここまで踏み込んだ発言は史上初めてである。重要なところなので原文を再現してみよう。

 「・・・集団的個別指導は高点数8%(レセプト点数が高い上位8%)、個別指導は「4%」(集団的個別指導の翌年度にレセプト点数が上位4%の場合に、翌々年度に個別指導)というルールがありますが、その中には問題のある医療機関が含まれているわけです。・・・」

 この発言は驚天動地といえよう。

 高点数を基準にすることは問題だと批判されてきたシステムではあるが、核心はそこにはなかった。「悪質見込み医療機関」を高点数医療機関の中に混在させてリストアップしてきたのである。ことあるごとに、「高点数イコール悪ではない!」といってきたが、上記のような裏技が隠されていた。

指導大綱を読んでみると、

4 個別指導の選定基準

(1)都道府県個別指導

次に掲げるものについて、原則として全件都道府県個別指導を実施する。
 ①支払基金等、保険者、被保険者等から診療内容又は診療報酬の請求に関する情報の提供が
 あり、都道府県個別指導が必要と認められた保険医療機関等

 という項目がある。

 氏が指導大綱を根拠に言うとしたらこの部分だろうが、限りなく「だまし」に近い。いわゆる新指導大綱は、「高点数を基準に選定」して恣意性を排除するという基準と、選定委員会による指導対象の選定という二つの仕組みが新たに導入された。開示請求すれば選定委員会議事録が出てくる。氏の言うような悪質見込み医療機関を混在させてリストアップしているとしたら、該当する選定委員会議事録はどうなっているのか。闇は深まるばかりである。

 

5,指導対象に選定理由を言わないわけ

 問題のある医療機関(悪質医療機関)と見込んだところを指導対象にしているのだから、選定理由など言えるわけがないだろうというのが氏の回答である。この勢いのある明快な回答によりこれまでの指導、監査のスキームが完全に否定された。なぜか。

 根拠条文が異なる指導と監査であるが、行政指針である指導大綱により監査に移行できる仕組みになっている。この仕組み自体に大きな問題を含んでいる。しかし、しいて解釈すれば個別指導を実施しているうちに、次から次へと不正請求、著しい不当請求が疑われた。指導中断をして患者調査をせざるを得ない事態がでた。そのような場合の対応であろう。

 どのような情報提供があっても、指導を行う前では指導を受ける本人情報をとっていない。確たることは何もわからないからだ。だから指導を行うのである。

 氏の論理でゆけば、悪質医療機関と見込んでこっそりリストに挙げているのがばれてしまうので選定理由などいえないと言っている。

 指導大綱を長年にわたって破り続けてきたことを初めて認めた画期的なものである。

 

6.処分の判断基準は公平か

 氏は監査の措置基準については「監査要綱に記載されている」と答えるだけで、明確な回答は避けている。

 監査要綱には取消処分の要件について、①故意に不正又は不当な診療を行ったもの、②故意に不正又は不当な診療報酬の請求を行ったもの、③重大な過失により、不正又は不当な診療をしばしば行ったもの、④重大な過失により、不正又は不当な診療報酬の請求をしばしば行ったもの、の4項目をあげているが、これは処分を行うための必要条件ではあるが十分条件とはいえない。

 さらに「故意」か「過失」か、「重大」か「軽微」か、「しばしば」の基準など、処分を決定づける判断は監査担当者の胸三寸であることは、各地の訴訟でも明らかになっている事実である。

 

7.処分の手続は適正か

 氏は、処分を決める際には支払・診療・公益を代表する三者構成の地方医療協議会でも議論されることから「判断に恣意的要素がはいることはない」と言い切っている。

 これも処分取消訴訟で国側が常に持ち出す主張である。

 しかし、個別指導が始まった直後から「取消処分は決まっている」と公言する業界関係者が、監査時の立会人と地方医療協議会の委員を兼任し、医療協議会の場で「監査の段階で取消処分は決まっており、一つ一つ丁寧に議論する必要はない」「こんな審査なんか必要ない」と審議の打ち切りを要求するなど、最初から「恣意的な結論ありき」という実態も明らかになっている。

 地方医療協議会では、公益委員から処分の妥当性や適正手続について疑問が投げかけられるケースもあるが、行政庁の準備した結論を追認するための場となっている。

 

8.自称医療Gメン向本氏の誤解と本音

 政策コンテストの発表時に「医療Gメン」と自称しているが厚労省にそのような部署はない。あくまで厚労省内の医療指導監査室に所属している。向本氏が望んでいるような「悪質な医療機関」を摘発する独立した組織があるわけではない。医療指導管理官という立場であり、悪を正し社会正義を実現することを求めているわけではない。他省庁への影響もあるので、そのような誤解を生むような呼称を使うべきではない。

 氏の主張は、公務員の立場から逸脱しているが、内容は誤解の余地のない明快なものである。複雑な主張ではない。悪質と見込んだ医療機関に対しては、健康保険法や指導大綱から逸脱してもかまわない。徹底的に追及して取り調べを行い、取消処分のみならず刑事告発で起訴まで追い込みたいということである。

 向本氏の発言により医療指導監査室の総意がどこにあるかが明らかになりつつある。単に罷免要求するだけでは足りない。健康保険法の下で広い裁量権を有している彼らの闇の部分が見えてきた。徹底的に追及してみよう。

 

Vol-2へ続く 

 

 

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