公務員としての一線を越えてどこにゆくのか向本発言
Vol-3

2010年9月6日

指導・監査・処分取消訴訟支援ネット
代表世話人 高久 隆範

 

 個別指導時の録音、弁護士同席に関しては、不本意であるようだが向本氏も認めている。

 しかし、お役人は、すきあらば様々な理由をつけて保険医に権利の行使をあきらめさせようとする。指導を受ける先生が抵抗して、権利を主張したときの逃げの一手、決まり文句がある。これは、厚生局に組織再編される前の社会保険事務局の時代から統一されている。「拒否しているわけではありません。お願いをしただけです。」と。

 そして、圧倒的な力関係の優位と密室を確保するために、医師、歯科医師の同席を「基本的にはノーです。」とm3.com橋本氏とのインタビューで述べている。

 この部分は、今後の保険医の権利に関わる重要な論点が含まれている。

 

1.医師歯科医師の同席は不要か

 m3.com橋本氏の「帯同者はその場で発言は可能ですか」という質問に対して、氏は、弁護士の同席は認めるが医師歯科医師の同席は認めないと明言していながら、「・・・院長に代わって、責任を持って発言するのであれば可能です。・・・」と意外な答えをしている。

 法の番人である弁護士が法を遵守しない公務員を監視するのはやむを得ないということだろう。しかし、弁護士ができるのは、公務員の法的な逸脱監視と、保険医の人権擁護である。診療内容、診療報酬請求に関して院長に代わって責任を持って発言できるのだろうか。ダブルライセンスでも持っていれば別だが。

 前段で、「基本的にはノー」と氏は述べている。そして、ただし書きをしている。「ただし、関係者として帯同を求める場合、何の必要があるのでしょうか。・・・なぜ必要なのでしょうか。」と。

 「我々は必要はない」という自説を展開しているにすぎない。あくまで不要であるという結論を押しつけているだけである。「基本的にはノー」であるが必要性があればやむを得ないという含意があるのかもしれない。そう深読みしないと前段と後段がつながらない。

 

2.集団指導で明らかになった厚生局のお役人の実態

 厚生局に組織再編されたことにより、(とお役人は言っているが)今年の診療報酬改定にあたり、点数説明会を厚生局主催で集団指導として実施した。これは当然のことである。

 そのことは、社会保険事務局の時代でも指導大綱に明記されていた。お役所の怠慢で公益法人等に丸投げしていただけである。 改定時点数説明を集団指導として行うのは、当然でありそのような場で診療報酬請求に関し周知徹底させることを主眼としなければならない。

 ところが、岡山での歯科の集団指導では、事前に質問を提出していたにも関わらず全く質問に答えることはできなかった。点数改定という大局的な質問に講師役である指導医療官(技官)が、答えることができない。そのような集団指導が行われている。

 点数改定全般の大局的な話ができない技官が個別指導の場で、何を周知徹底させるというのだろうか。

 ルールの周知徹底というお役所のお仕事がいい加減でも日々診療を余儀なくされるのは、保険医である。何度も厚生局に質問してもなかなか答えない。文書で回答を求めた先生もいる。「回答しない」という文書が届いたのは2年後の改定後であったという、ふざけた深刻な事例もある。岡山では理由は知らないが文書では答えずに、我々を前にして文書を読み上げるという笑える事例もある。そのようなお役人が行う指導である。ルールに精通している保証はない。その結果、「俺が(私が)法律だ!」という思い込みで間違った指摘を個別指導でした例は、山のようにある。

 

3.医師歯科医師の同席で妨げられるものがあるか

 上記のように、間違った指摘もそのまま通せば指導結果通知にそのまま反映される。

 間違った指摘でも徹底的に追及されると、あのような密室で一人反論するのはよほどの豪傑でなければ不可能だ。弁護士では、診療内容や保険請求に関しては院長に成り代わって答弁することができない。
 懇切丁寧に間違った指導をされたのではたまらない。

 氏の個別指導に対する思いはさておき、個別指導は、療養の給付、保険診療に関して行われる。指導大綱ではそれに加えて診療報酬請求に関して周知徹底させることを主眼としている。

 さしあたり指導大綱の指導方針を是として考えると、双方の人数の制限はある程度必要であろうが、指導の目的、効果を勘案すると同席によるメリットは双方にあるが、デメリットは想定できない。妨害行為があれば退出させればよいことだ。

 録音されることを認めておきながら医師、歯科医師に同席されると困る何かがあるのだろうか。指導の最中に悪質だと思わざるを得ない事例がないとはいえない。そのような想定をしているなら、なおさら医師歯科医師の同席を認めて指導を周知徹底すれば、指導の効果も上がるだろう。保険請求のルール解釈に関して意見の分かれることもあるだろうが、医師、歯科医師同席によって黒が白になることはない。密室化してしまうことで白が灰色になったり、灰色が黒になったりすることはある。密室での取り調べが冤罪の温床であることは、警察だけの話ではない。

 

4.歯科医師同席を求めた訴訟

 医師、歯科医師の同席を求める運動は、一部にあった。先駆的に高度な手法で同席を実現したところもあったが、正面からお役所が認めたわけではなかった。

 その後、歯科医師の同席をめぐっての訴訟が提起された。岡山県の暮石歯科医師(現保険医協会指導監査対策室室長)が個別指導時に歯科医師の同席を求めた「暮石(くれいし)訴訟」である。

 提訴前まで、お役所は、行政手続法が個別指導に適用されるという、法的常識を公式には絶対に認めなかった。この訴訟では、当たり前のように認めた。裁判所は、行政手続法に関わる原告の主張を部分的には認めたものの、一二審ともに歯科医師同席の主張を退けて裁判が終わった。

 敗訴ということだけが一人歩きするもので、「これで医師歯科医師同席は禁止だ!」と喜んだお役人もいたことだろう。「判例ができたのでやむを得ない。」と誤解をする向きもあるがそのようなことではない。

 岡山では、弁護士同席、録音を実現させてきた。また、個別指導会場に協会役員が赴いて別室で待機支援を行ってきた。何度も医師歯科医師同席を求めるも、お役人が認めないため次善の策として行ってきた。具体的にはこういうことだ。指導中に適宜休憩をとり、別室で指導を受けている先生に様々なアドバイスしてきた。会場内に入れてもらえないが、場外は別だ。顔なじみということもあり、お役所も知っていた。洗練されたお役人の中には、「・・・指導を受けている先生が納得してくれないので指導が終わりません。何とかしてくれませんか・・・」と相談されたこともある。指導が任意の協力のため納得できないとなると勝手に終わることができない。「別室待機方式」は、双方にとってマイナスはなかったようだ。

 そのような「別室待機方式」を裁判所も認めた。逆にそのような方式もあるのだから、医師歯科医師の同席まではなくてもよいのではないか?という国側反対尋問になった。そのときの暮石原告の答弁がふるっている。「その都度会場の外に伝えに行くというまるで伝言ゲーム、通常の会話と伝言ゲームが同じだという人はいないと思う。むしろ、伝言ゲームのような状況から、ドアの中に入れないのか、その方が疑問だ。」と。

 岡山地裁での判決は、その案件での裁判所の判断であり、その条件下でのものでそれ以上でもそれ以下でもない。判例は、積み重ねでしかない。医師歯科医師の同席が禁止されたと思いこんでいるとしたら判例への愚かな思い込みか、誤解である。

 三権分立の建て前からお役人が裁判に言及することはない。向本氏の、「基本的にはノー」という真意は測りかねるところであるが、同席をかたくなに拒否する合理的な説明が見当たらない。保険医の権利に関わる大きな課題が残されていることを改めて示している。

 医師、歯科医師の同席が原理的に禁止されているわけではない。向本氏ら厚労省医療指導監査室が認めれば明日からでも実現できることだ。

 

(向本氏の発言は、m3.comによる同氏へのインタビュー記事から引用させていただいたものです)

 

Vol-4へ続く 

 

 

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