法を無視した指導監査室の戯れ言と俗論を斬る!

2013年10月1日

岡山県保険医協会 指導・監査対策室

室長 暮石 智英

1,はじめに

 9月11日に中国四国厚生局長が実施した私に対する新規個別指導で、同局長は、(1)健康保険法73条に基づく個別指導に検査権限はないこと、(2)指導者にカルテの閲覧をさせることは、守秘義務及び個人情報保護法に抵触するおそれがあることを認めた。そして、厚生局側の提案により技官がカルテを見ることなく指導を行うという、本来あるべき個別指導が実施された。

 この件について厚労省は、「行政手続法は一般法であり、特別法である健康保険法73条が優先する。これは平成20年6月26日の広島高裁判決でも示されている」との弁解を行っているようである。

 つまり、個別指導におけるカルテ等の検査は健康保険法73条の権限を逸脱するものではなく、医師・歯科医師に課せられた守秘義務や個人情報保護法にも抵触するものではないと強弁しているのである。

 広島高裁判決では、検査権や守秘義務に関して何ら判断を示していないにも関わらず、あたかも判決で厚労省の主張が認められたかのごとく誤認させようとする同省の言動は許しがたい。

 以下、広島高裁判決内容及び厚労省の弁解が「戯れ言」に過ぎないことを指摘しておきたい。

 

2,広島高裁での争点と判決

 平成20年6月26日の広島高裁判決とは、平成17年11月17日に私に対する個別指導において同僚歯科医師の同席を求めたことから指導が実施されず、精神的苦痛及び財産的被害の救済を求めた訴訟の控訴審判決を指しているようである。

 同訴訟は、(1)個別指導を受けるにあたり、被指導者に同僚医師の同席を求める権利があるか、(2)同僚医師の同席を求めたことを理由として、個別指導を行わなかったことの違法性、(3)指導が行われなかった場合、監査が行われることを示唆した事務指導官の発言の違法性などを争点に争われたものであり、検査権限や守秘義務に関する訴訟ではない。

 高裁判決は、「(同僚医師の)同席を許すか否かは、健康保険法73条1項等に基づく厚生労働大臣の権限に属するというべきであり(ただし、依然として行政手続法32条2項の制約があるから、これに従わなかったことを理由として、不利益な取り扱いをしてはならない。)、指導を受ける医師等には、同僚医師の同席を求める法律上の権利はない。」とした一審岡山地裁判決を支持し控訴を棄却したものである。

 

3,被控訴人(=国)の主張と広島高裁の判断

 行政指導である保険医等に対する個別指導実施に係る厚生労働大臣の権限等について国側の主張は、

(1)指導を必要とする事情があれば、法の趣旨・目的に抵触しない限り、また平等原則、比例原則等の一般原則を逸脱しない限り、「内容に関わる事項」「手続に関する事項」ともに行政指導を行う者において決定することができる。


(2)行政手続法32条は、法令上根拠がないものを含む行政指導一般についての原則を確認した規定であり、健康保険法73条1項のような特別法による根拠を持った行政指導にまで適用されるものではない。


(3)保険医療機関が保険診療を希望した患者から取得した個人情報は、診療及び保険の適用のために取得されたものであるから、これに基づいて個別指導を受けることは目的外使用にはあたらず、患者の同意を得る必要はない、というものである。


こうした国側の主張に対し広島高裁は、

(1)について、「特別法である健康保険法73条1項が保険医の指導を受ける義務を定めていることから、指導の日時、場所、時間といった手続面については指導を行う者の裁量で定めることが許されており、指導の内容についても指導の目的に従って定めることができる。もっとも、それらが健康保険法2条が定める『医療保険の運営の効率化、給付の内容及び費用の負担の適正化並びに国民が受ける医療の質の向上を総合的に図る』という目的に照らし、合理的な範囲を逸脱してはならないことは明らかである。」と判示している。

 つまり、指導を実施するための日時や場所、指導内容について第一次的には行政庁側が決める裁量があるといっているのであって、極めて常識的な判断に過ぎない。

 なお、行政庁が定めた日時等について被指導者から正当な理由に基づく調整の依頼があれば、行政庁はそれに応じなければならないことも当然である。


(2)については、「保険医は、健康保険法73条等に基づき個別指導を受ける義務があるものの個別指導も行政指導であるから指導された内容に従うか否かは指導を受けた保険医自身の判断に委ねられている」と、当然のことながら個別指導は行政手続法32条が適用されることを認めている。

 同判決で「行政手続法32条1、2項もこの厚生労働大臣の権限を制限するものではない」との記述がみられるが、これは「健康保険法73条は保険医療機関等に指導を受ける義務を課しており、その限度において日時や場所を決めるという裁量権の行使」に限定したものである。

 なお、「行政手続法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律」(平成5年11月12日 法律89号)では、各省庁が所管する法律のうち117法律・124項目を行政手続法の適用除外としているが、健康保険法で「適用除外」とされているのは39条に規定する「被保険者の資格の取得及び喪失」に関する条文だけである。


(3)に関して広島高裁判決は何ら判断を示していない。

 唯一行政指導においてカルテ等の検査権があるかのような国の主張であるが、余りにも的外れの主張であるため、判断の対象にすらならなかったようである。

 しかし一部に、個人情報保護法施行に伴い厚労省が作成した「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」(平成16年12月24日)に示された個人情報の「第三者提供の例外」で掲げている「厚生労働大臣、都道府県知事等が行う報告命令等への対応(医療法第25条及び63条、薬事法第69条、健康保険法第60条、第78条及び94条等)」の「『等』に健康保険法73条も含まれる」という俗論がまかり通っているようである。

 「健康保険法第60条、第78条…」と、73条を飛ばして記述しておきながら「等」に73条が含まれるなどあり得ないのだが、これに関しても若干の考察を加えておきたい。

 ここで例示されている医療法第25条などは、その違反に対して罰金や過料、指定等の取消など不利益処分を伴う条文であり、「行政機関等の報告徴取・立入検査等に応じることが間接的に義務付けられているもの」に分類されていることからも、健康保険法73条とはその権限が全く異なるものであることは明らかである。

 このことは、監査の根拠条文である健康保険法78条においては「診療録、帳簿書類その他の物件を検査させることができる」と検査権限を明記しているのに対し、個別指導の根拠条文である同法73条は勿論、保険局長通知別添の指導大綱においても「診療録」は出てこない。診療録の閲覧については、「医療指導監査室」名による事務連絡「指導大綱関係実施要領」において初めて「指導月以前の連続した2か月のレセプトに基づき、診療録その他の関係書類を閲覧し」との記述が見られる。しかし「検査」ではなく、「閲覧」と使い分けていることからも、厚労省自身、同法73条には「カルテ等関係書類を検査する権限」がないことを十分認識しているものと思われる。

 

4,裁判所にも平然とウソの陳述

 上記のように、広島高裁判決のどこを見ても個別指導(=行政指導)においてカルテ等の持参を強要し行政庁職員がそれを検査する権限を容認したり、カルテの提出が守秘義務や個人情報保護法に抵触しないとのお墨付きを与える記述は一切ない。

 多くの保険医が、長年にわたり個別指導においてはカルテなど大量の持参物の準備に追われ、関係資料を検査されることが当然であるかのように思い込まされてきた。

 しかし厚労省は保険医をだますだけでなく、裁判所に対しても平然とウソの陳述を行う。

 同僚の医師の同席の必要性を否定するために、厚労省は個別指導への「立会人」の果たす役割について「立会人は、中立的立場から指導の適正を監視するとともに、指導を受ける者からの質問に答えるなどして援助を与えることを目的としており、立会人を置くことによって指導の適正は担保されている」との陳述を行った。

 これに対し裁判所も「健康保険法73条2項に基づいて選任された立会人は、中立であることが要請されており……控訴人が主張するように立会人制度が機能していないとは到底認められない」と、国の言い分を容認している。

 しかし、厚労省の内部文書である「医療指導監査業務等実施要領(指導編)」(厚労省保険局医療課医療指導監査室 平成25年3月版)では、立会人の役割について「立会者に意見を述べる機会を与えなければならないが、これは行政側の要請に応じて学識経験者として意見を述べることを目的としているため、行政側からの要請がない限り発言することはできない。」と規定している。

 つまり、行政側にとって「援護射撃」になる場面で利用するのが立会人の役割であると言っているのであるが、裁判では真逆の陳述を平然と行う体質には驚くばかりである。

 

5,最後に

 9月11日の個別指導では指導のあり方が法令に反していることを指摘し、厚生局に対し指導の「改善報告書」の提出を求めたが、厚生局側は「私たちは行政官ですので、決められたことに対して、それに沿って、事務をなすというのが私たちの仕事ですから…」と、あくまでも検査権行使への「協力」を求めた。

 なぜ指導の現場では健康保険法73条の権限を逸脱した無法がまかり通るのか?
そこには健康保険法をはじめとした保険医療制度の構造的問題がある。

 刑事法や行政法分野では立法機関と執行機関が明確に分離されているが、1922年(大正11年)に制定された健康保険法に基づく行政権限は、特定の行政庁が法の白紙委任に基づき保険診療のルールを定め、その違反を自ら摘発し、さらに自ら制裁を加えるなど、我が国の法体系において他に例のない特異な構造になっている。

 保険医療機関の指定等が公法上の契約だと言われるが、医師等には契約内容に関与する手段はなく、法の委任によらない単なる解釈基準である「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について」(平24.3.5 保医発0305第1)など、法令として効力のない膨大な通知類によってがんじがらめにされ、それに違反すれば取消し処分の恐怖にさらされる仕組みも極めて異常といわなければならない。

 厚労省が契約の相手方を無視して単独で保険診療のルールの制定・改廃を行う以上、自らの責任でその周知徹底を図る責務があることは当然である。健康保険法73条に基づく指導は、事実の調査やルール違反の摘発を目的とするものではなく、保険診療のルールを周知徹底すべき行政庁の責務を定めたもの、というのが最も適切な解釈ではないだろうか。

 今回の個別指導における画期的な成果は、岡山県保険医協会歯科部会の10数年にわたる闘いの積み重ねの上に築かれたものであるが、関係法令を正しく理解すれば「当たり前」のことに過ぎない。

 この成果が、無法で理不尽な指導・監査改善のための一助となれば幸いである。

 

 

指導 監査をめぐる動き



New! 後を絶たない指導医療官の不祥事 健保法令の構造的問題が背景に〜“個人のモラル”への矮小化は不祥事の連鎖を防げない岡山保険医新聞 2016年12月10日号より


都道府県歯科個別指導における持参物について事務連絡 2014年9月25日 厚労省医療指導監査室長補佐


個別指導における「カルテ閲覧」の法的根拠を示せない厚生局〜患者が拒否してもカルテを閲覧できると強弁岡山保険医新聞2014年10月25日号より


【中国四国厚生局岡山事務所による新見解】個別指導でのカルテの限定開示、持参物を忘れた場合の対応、一部負担金を支払うことが出来ない患者への診療について岡山県保険医協会FAXニュース2014年10月1日号より


【談話】個別指導と守秘義務に関する日歯・大久保会長の見解について〜岡山県保険医協会 指導・監査対策室 室長 暮石智英岡山保険医新聞 2013年11月25日号より


【談話】指導における違法性 さらに浮き彫りに 2013年10月22日付 厚労省医療指導監査室長「事務連絡」について〜岡山県保険医協会 指導・監査対策室 室長 暮石智英岡山保険医新聞 2013年11月10日号より


【談話】法を無視した指導監査室の戯れ言と俗論を斬る!〜岡山県保険医協会 指導・監査対策室 室長 暮石智英2013年10月1日


【9月11日個別指導ダイジェスト】厚生局は保険医の了解を得なければカルテを閲覧できない。閲覧に協力した保険医側に個人情報・守秘義務違反の恐れあり2013年9月25日


個別指導時に「カルテ閲覧」の権限はなく守秘義務・個人情報保護法に抵触のおそれ…中国四国厚生局長が認め本来の行政指導を実施2013年9月11日


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寄稿/厚生局日野技官よ!知らなかったではすまないぞ〜新規指定集団指導で目撃した狡猾で悪辣な手法の数々 2011年12月15日


指導・監査国家賠償請求訴訟(国賠訴訟)Q&A 2010年11月28日


実録!録音妨害 2010年10月12日


個別指導に関する質問で不服審査請求 2009年4月1日


某病院に対する個別指導の指摘事項 2009年1月24日


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「不正請求」の解釈を拡大 2008年9月29日


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