昨年(2013年)9月に実施された岡山県保険医協会会員への新規個別指導において、中国四国厚生局長は個別指導時のカルテ閲覧について「法的根拠はない」ことを認め、行政がカルテを閲覧しない形式での指導を実施した。
しかし半年後の今年2月、中国四国厚生局はカルテ閲覧の法的根拠を示すことなく、「診療録を閲覧し、診療及び請求内容を確認する必要があるとの判断に至った」として、終了していたはずの指導を一方的に「中断」し「再開」。今年9月まで3回にわたり「新規個別指導」を実施したが、カルテ閲覧の法的根拠を示すことは出来なかった。
指導時のカルテ閲覧を巡り計3回、約10時間にわたった「新規個別指導」のダイジェストを紹介する。
【被指導者(保険医)側】
K歯科医師(医院開設者)、T歯科医師(請求担当事務)、T弁護士、H請求担当事務
【指導者(行政)側】
(第1回・第2回)F中国四国厚生局岡山事務所長、U指導課長、N指導第一係長、T指導医療官(技官)
H訟務専門員
(第3回) N中国四国厚生局岡山事務所長、U指導課長、N指導第一係長、T指導医療官(技官)
H訟務専門員
※訟務専門員とは... 保険医療機関または保険医等の行政処分等に関わる関係諸法令の法律的専門事項に関することなどについて助言する行政側の弁護士(非常勤)。詳しくは『訟務専門員設置要項』をご覧下さい。
指導開始前のスナップ(撮影:高久 支援ネット代表世話人)
K歯科医師(医院開設者) 個別指導でカルテを見せて欲しいというのは単なる「お願い」ですよね?
F厚生局岡山事務所長 カルテの内容を見ないと確認ができませんので、見させて頂けますか?という「お願い」です。
T歯科医師(請求担当事務) 個別指導の目的は保険診療の更なる理解と質の向上及び適正化でしょう?不正・不当を探すのとは違いますよね?
F事務所長 ええ。違います。カルテの内容を確認して青本に沿った診療がされているか確認させて頂くということです。
第1 目的
この大綱は、厚生労働大臣若しくは地方厚生(支)局長又は都道府県知事が、健康保険法(大正11年法律第70号)第73条(中略)の規定に基づき、保険医療機関若しくは保険薬局(以下「保険医療機関等」という。)又は保険医若しくは保険薬剤師(以下「保険医等」という。)に対して行う健康保険法(中略)による療養の給付又は(中略)診療報酬(調剤請求を含む。以下同じ。)の請求に関する指導について基本的事項を定めることにより、保険診療の質的向上及び適正化を図ることを目的とする。
第2 指導方針
指導は、保険医療機関等及び保険医等に対し「保険医療機関及び保険医療養担当規則」(中略)「療養の給付及び公費負担医療に関する費用の請求に関する省令」「診療報酬の算定方法」(中略)等に定める保険診療の取扱い、診療報酬の請求等に関する事項について周知徹底させることを主眼とし、懇切丁寧に行う。
なお、指導を行うに当たっては、医師会、歯科医師会及び薬剤師会、審査支払機関並びに保険者に協力を求め、円滑な実施に努める。
第6 指導方法等
3 個別指導
(3)指導の方法
指導は、原則として指導月以前の連続した2ヶ月分の診療報酬明細書に基づき、関係書類等を閲覧し、面接懇談方式により行う。
K歯科医師 確認しないと指導が成り立たないのだったら、指導大綱が法律に違反しているということになりませんか?
F事務所長 まあそうですね。具体的な取扱いを決めているのが指導大綱です。
T歯科医師 指導大綱は我々保険医を拘束するものではないですよね。
F事務所長 拘束はしない。任意の協力の「お願い」をしているわけです。
K歯科医師 健康保険法73条に基づく個別指導なのに、なぜ73条に基づいてカルテを見る法的根拠を示せないんですか?個別指導というのは法に基づいて行われているわけじゃないんですか?
F事務所長 法律に基づいて、指導大綱に基づいて、行われています。
K歯科医師 公務員の行動は法に縛られないんですか?
F事務所長 縛られると思います。
第73条(厚生労働大臣の指導)
保険医療機関及び保険薬局は療養の給付に関し、保険医及び保険薬剤師は健康保険の診療又は調剤に関し、厚生労働大臣の指導を受けなければならない。
K歯科医師 納品書の保管義務や予約簿、日計表の作成義務はあるんですか?
U指導課長 法律上、根拠があるかどうか分からないです。
K歯科医師 わざわざ打ち出して持参しているんです。法律上根拠が無いなら、持参書類に書かないでください。
F事務所長 カルテは任意の協力として先生が出して頂くということです。
K歯科医師 権限があると言うのなら、カルテを封筒から出して見て下さい。
F事務所長 指導会場で指導の時間内で見るというのは、出来ると思います。
K歯科医師 検査証もないのに?カルテを確認できる法的根拠も曖昧な状態で?
F事務所長 カルテを見るという法的根拠はないです。
F事務所長 案として、レセプトを見て技官が質問をさせてもらいますので、それにご回答頂ければ、内容を確認できるので、一つの方法として提案を…。
K歯科医師 それが本来あるべき個別指導の形だと思います。
(所長提案に沿った形で指導が実施される)
N指導第一係長 指導の講評を事務的な事項から申し上げます(中略)。
T技官(歯科医師) 診療内容については、特に指摘する事項はありません。
N指導第一係長 只今申し上げました内容につきまして、後日文書に取りまとめ中国四国厚生局長から通知を致します(中略)。以上をもちまして、新規個別指導を終了致します。
N指導第一係長 平成25年9月11日に新規個別指導を実施致しましたが、診療録その他の関係書類を閲覧し、診療及び請求内容を確認する必要があるとの判断に至りましたので、健康保険法第73条(中略)の規定に基づいて再度実施するものです。
なお、診療録等の閲覧に関しましては、保険医療機関等又は保険医等が個別指導の際に行政庁に対し、診療録等を閲覧させる場合、個人情報保護法の第三者提供の例外規定、具体的には同法第23条第1項第4項「国の機関もしくは地方公共団体またはその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき」に該当することから、予め本人の同意を得ることなく個人情報である診療録を閲覧させたとしても、当該保険医療機関等または保険医等が同法違反に問われることはないということを申し上げておきます。
5.個人データの第三者提供(法第23条関係)
(2)第三者提供の例外
ただし、次に掲げる場合については、本人の同意を得る必要はない。
四 国の機関もしくは地方公共団体またはその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき
(例)
・統計法第2条第7項の規定に定める一般統計調査に協力する場合
・災害発生時に警察が負傷者の住所、氏名や傷の手当等を照会する場合等、公共の安定と秩序の維持の観点から照会する場合
K歯科医師 前回「終了」を宣言されましたよね。
N指導第一係長 終了しております。
K歯科医師 今日の個別指導は指導大綱のどの部分に該当するのですか?
N指導第一係長 指導大綱上に規定があるものではありません。
K歯科医師 前回終了したにも関わらず、結果通知書がきていないんですよ。
N指導第一係長 終了していないという判断です。
K歯科医師 先ほど「終了した」とおっしゃったじゃないですか。
F事務所長 前回当日は「終了します」と口頭でお伝えしました。それを持ち帰って結果通知を出すにあたり協議した結果、診療録を閲覧せずに終了は出来ないという判断に至りました。
T歯科医師 何回でもやるということ?
F事務所長 可能性は無いとは言えません。
T歯科医師 「終了します」と言って終わったのにもう一回やった例は過去にあるんですか?
F事務所長 私の記憶では無いです。
K歯科医師 「お願い」に従うまで呼び出すというのは強制ではないんですか?訟務専門員の弁護士の先生、これは不利益な取り扱いではないと言い切れますか?
F事務所長 不利益な取り扱いになるかもしれません。でも処分じゃない。
K歯科医師 行政手続法には「不利益な取り扱いをしてはならない」とあります。
F事務所長 不利益な取り扱いとは考えておりません。
K歯科医師 今、「不利益な取り扱いになる」と言ったじゃないか。
行政指導にあたっては、行政指導に携わるものは、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
2 行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取り扱いをしてはならない。
F事務所長 広島の本局と相談しました。今14時36分です。1時間の予定にしておりますので、診療録の閲覧の協力をして頂けないのであれば、全ての診療録を確認する時間がないので中断とさせて頂きます。
K歯科医師 持参物は全部持ってきている。
F事務所長 持ってくるのは協力ではない。
K歯科医師 持参物は強制ですか?
F事務所長 協力です…。
K歯科医師 協力ではないと言ったじゃないか。
F事務所長 中断します。
T弁護士(保険医側) 指導中断の理由については行政手続法第35条2項に基づき文書で説明して下さい。行政手続法も守れないなら話にならない。
2013年(平成25年)10月22日 厚労省保険局医療課医療指導監査室長 事務連絡
3 個別指導において診療録等の閲覧の拒否があった場合等の対応
(1)診療録等の閲覧を拒否する保険医療機関等に対しては、指導を行う行政庁として、その目的や関係法令等の内容について十分に説明を行うこと
(2)行政庁の説明に対しても理解を示さず、独自の見解を申し述べて診療録等の閲覧を拒否するなど、個別指導事務の遂行に支障が生じたときは、立会者に事情を説明し、その理解を求め、個別指導を「中断」し(資料の事前確認ができない場合には個別指導を実施しないこととし)て帰庁後に地方厚生(支)局も含め対応策等を検討することとすること。
(3)また、事前に、当該主張がされると予測されるときであって、地方厚生(支)局長が必要と認める場合には、訟務専門員を個別指導等に出席させる等により、適切に対応すること
H請求担当事務者 10月22日の通知「個別指導における診療録等の閲覧の拒否に係る対応について」では「関係法令等の内容について十分に説明を行う」と書いてある。通知に違反していいんですか?
F事務所長 違反していないと思います。
T歯科医師 我々が求めているのは十分な説明です。法律の専門家の訟務専門員がいるんだから、説明して下さい。
N指導第一係長 厚生労働省としては個人情報についても刑法についても違反にならないという見解で申し上げている。
K歯科医師 個別指導の目的は調査や検査ではないですよね。「事実確認」は目的にも指導大綱にも入っていないですよね。
F事務所長 ありません。
K歯科医師 「事実確認」が目的ではないのに、なぜ確認ができなかったら困るんですか?指導大綱のほうが間違っているんじゃないですか?
F事務所長 間違っているかどうかではなく、指導大綱に従ってやっていくしかない。
K歯科医師 法律に違反しない範囲で協力します。守秘義務に違反するおそれがあることは協力できないです。
F事務所長 それはあたらないかもしれない。
T歯科医師 でも保証はないんでしょ?
F事務所長 だから見解です。
K歯科医師 カルテを出すという行為も個別指導に含まれているんですか?
F事務所長 「見て下さい」と閲覧に協力頂くという言葉があれば…。
K歯科医師 守秘義務に違反しないという厚労省の文書を出して下さい。
F事務所長 見解です。
T歯科医師 今日の指導も行政指導趣旨説明書として書面で出して下さい。
F事務所長 約束できません。終了すれば結果通知をお送りします。
K歯科医師 行政手続法第35条2項では「行政指導が口頭でなされた場合において」とあり、「完了した場合」ではない。前回9月11日の行政指導はなかったことになってるんですか?
F事務所長 継続している。
K歯科医師 書面請求に応じないというのは行政手続法に違反しませんか?
行政指導に携わる者は、その相手方に対して、当該行政指導の趣旨及び内容並びに責任者を明確に示さなければならない。
2 行政指導が口頭でされた場合において、その相手方から前項に規定する事項を記載した書面の交付を求められたときは、当該行政指導に携わる者は、行政上特別の支障がない限り、これを交付しなければならない。
T歯科医師 対象カルテの全てを閲覧できる?時間的に全部は見れないでしょ?
F事務所長 そうですね。ポイントを見ている。
T歯科医師 ポイント以外は見れない?
F事務所長 時間の制約がありますから、見れる範囲という話になる。
T歯科医師 全部見て良いというのは検査だ。全部を見る権利はないでしょう?
F事務所長 必要なところだけ見るという格好になる。
T歯科医師 必要なところしか見れない。
F事務所長 確認出来ないということであれば、全て見る可能性がある。時間内で終わらなければポイントを絞ることもある。指導の運営上の手続の問題ですから私共が判断させて頂く。
K歯科医師 患者さんが「口腔内写真だけは見せないで」と言われたら見せなくても良い?
F事務所長 ケースバイケースです。必要だと思えば、見せて頂く必要がある。
K歯科医師 患者さんが拒否しても見る権利がある?
F事務所長 守秘義務には抵触しないという見解ですので、見させて頂きます。
第3回(2014.9.10)指導会場前の掲示物(撮影:高久 支援ネット代表世話人)
N指導第一係長 本日の指導につきましては、平成25年9月11日及び平成26年2月26日に健康保険法第73条(中略)の規定に基づき実施しましたが、中断したため再開するものです。
K歯科医師 守秘義務に関しても違反しないんですよね?
N指導第一係長 お答えする必要はないと考えております。ご質問は承れません。
N事務所長(新任) カルテを閲覧させて頂いてよろしいでしょうか?
K歯科医師 患者のプライバシーを生け贄に捧げなければ、個別指導は終わらないっていうことでしょう?協力することによって我々保険医には訴訟リスクが発生する。訴訟が起こった場合、あくまで僕が自発的にカルテを出したのではないと皆さん証人になって頂けますか?
N事務所長 「お願い」したということは事実ですから、必要があれば…
N指導第一係長 Nさんのカルテを拝見させて頂きたいのですが。
K歯科医師 技官以外の方が見て分かるんですか?
N指導第一係長 日計表を確認します。中身を見るということではなく、受診日の確認のためです。
K歯科医師 持参物も任意の協力で法的な義務は当然ないですよね?
N事務所長 忘れた場合は協力を頂けないという考えになります。
T技官(歯科医師) どれくらい協力をして頂けるかということは、残念ながら先生がお決めになることではない。協力頂けるかどうかの判断は、こちらでさせて頂きます。
K歯科医師 協力しないことによって不利益な取扱いはしないんですよね?
T技官(歯科医師) 行政手続法でやってるわけじゃないので。
K歯科医師 強制力のない持参物の有無で指導後の措置が決まるというのはおかしな話ですよね。
N事務所長 解釈の違いがあります。論争は避けたいと思います。
K歯科医師 日計表の確認は保険診療の更なる理解と何の関係があるんですか?調査とか検査にならないんですか?
N事務所長 ならないと判断します。検査・調査等ではございません。
K歯科医師 日計表を出す義務もなければ保管する義務もないですよね?
N事務所長 そうしてくださいといったものは、どこにも書いていない。
K歯科医師 改善報告書は必ず出さないといけないんですか?提出しなくても問題にはなりませんよね?
N指導第一係長 「お願い」になります。
※上記の他、2014年9月10日の第3回新規個別指導において中国四国厚生局岡山事務所長が示した新たな見解についてはこちらをご覧頂きたい。
刑法134条1項:医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産婦、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
刑事訴訟法第105条:医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者又はこれらの職に在った者は、業務上委託を受けたため、保管し、又は所持する物で他人の秘密に関するものについては、押収を拒むことができる。但し、本人が承諾した場合、押収の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める事由がある場合は、この限りでない。
刑事訴訟法149条:医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者又はこれらの職に在った者は、業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについては、証言を拒むことができる。但し、本人が承諾した場合、証言の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める事由がある場合は、この限りでない。
民事訴訟法第197条:次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる。
一 略
二 医師、歯科医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、弁護人、公証人、宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合
母体保護法第27条:不妊手術又は人工妊娠中絶の施行の事務に従事した者は、職務上知り得た人の秘密を、漏らしてはならない。その職を退いた後においても同様とする。
(昭和52年3月16日 厚生省医務局古賀章介課長答弁)
…税務職員のカルテの閲覧問題でございますけれども、これはあくまで一般論として申し上げますと、診療の内容というのは個人の秘密に属する事項が多いわけでありますから、医師には先程来お話しがありますように刑法上守秘義務が課せられているわけでございます。
従いまして、医師が診療録を他人に見せることができますのは、個々の法律にその根拠が明らかになっている場合、例えば医療法の25条のごときものがございますが、それとか、裁判所の提出命令ないしは裁判官の発付いたします差押え令状というふうなものによって他人に提出し、これを見せることができる、こういうふうに一貫しております。
指導 監査をめぐる動き
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