厚労省は2013年10月22日、個別指導において診療録等の閲覧を拒否する事例があるとして、保険局医療課・医療指導監査室長名でその対応に関する「事務連絡」を発出した。
同「事務連絡」では、個別指導での行政庁職員による診療録の閲覧については、「指導大綱関係実施要領」に記載されていること、また、医師等の守秘義務についても個人情報保護法の第三者提供の「例外規定」により違反に問われることはない、との見解を示している。
その上で、被指導者が診療録等の閲覧を拒否した場合には、
(1)指導の目的や関係法令の内容について説明を行い、
(2)それでも理解を示さない場合には個別指導を中断して対応策を検討する、
(3)さらに「閲覧」を拒否することが予想される場合には、個別指導に訟務専門員を出席させるよう指示をしている。
「事務連絡」は、内部の連絡文書であり、指導を受ける保険医を何ら拘束するものではない。そのことを前提に問題の指摘を行うものである。
診療録等関係書類の「閲覧」を、行政庁職員が強要することは検査権の行使に該当する。監査の根拠法である健康保険法78条は、行政庁職員に「診療録、帳簿書類その他の物件を検査させることができる」と検査権限を明記しているが、指導の根拠法である同法73条にはそのような規定はない。
同「事務連絡」で「診療録等の閲覧を行うことが具体的に記載されている」として引用しているのは、医療指導監査室の上記「実施要領」である。
法令として全く効力のない行政庁内部の事務運用基準にしか「閲覧」の根拠を求めることができないこと自体、指導において検査権を行使できるとする法的な根拠がないことを自ら認めていることに他ならない。
従来、厚労省は個別指導において診療録を閲覧できるとする根拠が、個人情報保護法第23条1項1号の「法令に基づく場合」にあるとしていた。今回は同条項4号を引用して、患者の同意がなくても診療録閲覧に問題はないと、異なる条文に根拠を求めている。しかし、このような歪曲は許されるものではない。
同号の趣旨は、「同意を得ようとすることにより調査の密行性が失われ、証拠湮滅が行われるおそれがあったり、同意を得るべき者がきわめて多数にのぼり、同意を義務づけると、事実上、協力が困難になる場合等」(宇賀克也「個人情報保護法の逐条解説」)においては、本人の同意を必要としないというものである。具体的には、税務署員が行う任意調査、統計法に基づく統計調査に協力する場合等が念頭に置かれている。厚労省が作成した「ガイドライン」においても、同号の例として「統計調査に協力する場合」、「災害発生時に警察が負傷者の住所、氏名、傷の程度等を照会する場合」を例示している。
個別指導における対象患者数は統計調査の規模に及ぶことはあり得ないことから、同「事務連絡」は、個別指導の「密行性」を維持し「証拠湮滅」を防ぐという、まさに個別指導=犯罪捜査という極めて危険な本音を露呈したものと言わざるを得ない。
また、刑法134条1項にある、守秘義務違反に関しては何ら言及していない。
以上のように、今回の医療指導監査室長の「事務連絡」は法の趣旨を歪曲し、法が委任した権限を逸脱した行政庁内部の事務運用基準を唯一の根拠として、個別指導においても検査権の行使を維持しようとするものに他ならない。また、これまで恣意的に指導を中断して指導を繰り返すなど、保険医に不利益な扱いを行ってきたことをさらに徹底させようとするものである。
このような裁量権の逸脱濫用がまかり通る背景には、厚労省自身が保険診療のルールを定め、その違反を自ら摘発し、さらに自ら制裁を加えるという他の法体系において例をみない特異な構造があることが指摘されている。
国民の受療権と医師の診療権を守るために、指導の現場で行政庁の違法行為=裁量権の逸脱濫用を許さない取組を積み重ねるとともに、健康保険法令の構造的問題解決のための取組が益々重要になっている。
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