2005年(平成17年)11月、「無診察投薬」などを理由として取消処分を受けた溝部達子医師の控訴審判決が東京高等裁判所で言い渡され、園尾隆司裁判長は2010年(平成22年)3月31日の甲府地方裁判所の判断を支持し、国の控訴を棄却した。
なお、一審で勝訴した事例は2008年(平成20年)4月の細見雅美医師の神戸地裁判決、2009年(平成21年)3月の飯塚真也歯科医師の福島地裁判決があるが、何れも高裁で逆転敗訴している。
甲府地裁判決は、取消処分の理由となった「不正・不当請求」について、(1)患者のためを思っての行為であり、悪質性は高いとはいえないものが多いこと、(2)金額も多額ではないこと、(3)不正・不当請求とされた内容についても、自らの利益を追求するものではなく、患者の希望や要望に基づいて診察や処方を行ったものであること、(4)他事例で行われているように、個別指導を行った上で経過観察にしたり再指導の方法を採ることや、監査を行って他の措置を行うことも可能であったことなどを指摘し、取消処分は「社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであり、裁量権の範囲を逸脱したものとして違法となり、取消は免れない」と判決した。
これに対し国は2010年4月、取消処分は「厚生労働大臣又はその委任を受けた地方社会保険事務局長の医療保険制度に関する専門的・技術的知見に基づく広範な裁量に委ねられる立法政策によっている」ことなどを理由として控訴していた。
判決後の記者会見で溝部医師は、行政の裁量権逸脱を認めた判断について「高裁の誠意と勇気に敬意を表する。保険行政の長い暗黒に夜明けの光がさしてきた」と述べるとともに、多くの保険医がいつ取消処分を受けるかわからない恐怖の状態に置かれているとして、「負の遺産を若い医師に残してはならない。今後は、健康保険法の枠組みを変えるために尽力したい」と決意を語った。
記者から判決の評価を問われた代理人の石川善一弁護士は、(1)「1シーズンで3回以上のインフルエンザウイルス抗原迅速診断検査は、必要な限度を超えた不当検査」とした取消事由に対して、「不当検査と認めるに足る証拠がない」として国の主張を退けたこと、(2)「無診察処方」についても、事実関係を詳細に検証し、多くの事例について「患者を対面診察している可能性が高いと言うべきであり、受診した事実がなかったと認めることはできない」と不正・不当金額を37万円に減額、この金額での取消処分は「裁量権の逸脱」となることを高裁段階で初めて認め、比例原則によって行政裁量に制限を加えたこと、(3)取消処分が極めて重大な不利益処分であることから、「処分理由となる行為だけでなく、その行為の動機など諸事情も考慮しなければならない」とした点など、高裁判決の意義を説明した。
一方、(1)取消処分に至る聴聞会や地方医療協議会などの手続の違法性、(2)行政庁が決めた省令で処分を可能とする健保法の枠組みなど、立法論まで踏み込んだ判断がなされなかったことについては「今後の課題」とした。
溝部訴訟を支援してきた「山梨小児医療を考える会」の田中聡顕代表は、「患者思いの良い先生には、患者が集まることは至極当然のことで、その先生がねたまれ、一部の見えない力に動かされ、『個別指導』→『監査』→『取消』では、溝部先生ご自身の人権も損なわれる。かかりつけ医として頼りにしていた患者は”子どもたちである“ことを理解いただき、尊重していただいた裁判長に感謝を申し上げる。国は、これ以上の争いを避けるようにお願いしたい」との談話を発表した。
東京高裁での記者会見後、甲府市の「みぞべこどもクリニック」で行われた地元メディアを対象にした会見には、多くのお母さん方が集まり勝訴を喜び合った。
溝部訴訟(山梨県)
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