繰り返される贈収賄事件と不幸な自死事件
2つの構造的病理現象を断ち切るために 9・10シンポ(報告)
パート2

2011年9月10日シンポジウム/全ての保険医が監査の「潜在的対象者」
指導・監査・取消処分の現状と改善の課題

2011年9月10日、青森県の「保険医への行政指導を正す会」(大竹進代表)と「指導・監査・処分取消訴訟支援ネット」(高久隆範代表世話人)共催によるシンポジウム「指導・監査・取消処分の現状と改善の課題」が東京都内で開催され、21都府県から80名が参加した。

シンポジウムでは、溝部訴訟代理人の石川善一弁護士、原告の溝部達子医師、山梨小児医療を考える会の山本大志副代表、ルポライターの矢吹紀人氏の各シンポジストの報告に基づいて活発な質疑が交わされた。
(3)シンポジストの報告(要旨)・(4)フロア発言から・(5)質問及びから を紹介する。

Part1 /(1)高久隆範支援ネット代表世話人の挨拶・(2)石川善一弁護士の講演要旨はこちら  

シンポジストの報告(要旨)

溝部達子 医師


「処分ありき」の指導・監査の実体と訴訟を支えたもの

 7年前の昨日(2004年9月9日)個別指導の通知を受け、長い闘いが始まった。個別指導に至った原因は、山梨県社会保険診療報酬請求審査委員会や地元の医療団体からの「インフルエンザの診療が異常に多い」という情報提供によるものだった。

 個別指導では、患者さんの病状など聞いてもらえず、まさに「取り調べ・捜査」だった。後日開示請求した行政資料の中に、個別指導の「司会進行要領」というものがあるが、ここには事前に「不正請求等の事実が確認されたので指導を中止する」旨の記載があり、当初から「取消処分ありき」のシナリオが作られていたことが明らかになった。

 その後の指導・監査は「取消に向けて一直線」に進んでいった。「取消処分は決まっている」と思い込まされ、患者さんに「閉院しなければならない」ことを伝えたところ皆さん大変驚くとともに憤慨され、2005年4月には654名が登録する患者会が結成された。

 患者会の皆さんは、短期間に27,000人の署名を集めたり、300名以上が社会保険事務局へクリニックの存続を求める手紙を送るなど、大きな取り組みを展開された。

 しかし、社会保険事務局は5月(2005年)には厚労省に処分に関する内議を行い、6月から11月にかけて4回にわたって聴聞会が開かれることになるが、この段階から医療協議会の公益委員をされていた石川弁護士が職を辞して私の代理人になっていただくことになった。

 その後、2006年2月に甲府地裁で執行停止の申立が認められ、2010年の同地裁での勝訴判決、今年5月31日の東京高裁判決へと経過をたどることになる。

 私が長期間にわたって闘い続けることができたのは、(1)患者さんが「取消処分はおかしい」という声をあげてくれたこと、(2)地方医療協議会の公益委員をされていた石川弁護士が代理人になってくださったこと、(3)私自身、医学的に間違ったことはしていないという自負があり、保険制度の歪みを正さなければならないと強く思ったこと、(4)執行停止の申立が認められ仕事を続けることができたこと、(5)社会保険庁の不祥事や技官の贈収賄事件など、行政庁の諸問題が噴出しており時代の要請があったと思えること、などがあげられる。さらに青森協会や岡山協会をはじめ全国の多くの先生方に大変お世話になり、今日がある。

 理不尽な個別指導や監査、取消処分など闇に葬らず、表に出さなければ問題は解決しない。現状を変えるために、東京高裁の判例も利用していただきたい。

 

山本大志 山梨小児医療を考える会 副会長



被害者は子どもたち、長期にわたる支援活動の原動力は

 私は裁判の段階から関わってきたが、その前に大変な闘いがあった。

 一般的に医師と患者との関係は一定の距離や溝があるが、2005年11月25日の午後5時に社会保険事務局の職員が処分の申し渡しに来たとき、溝部先生の診療所には100人以上の患者さんが押しかけており処分通知を渡すことができなかった。さらに午後7時に来たときも同様で、結局処分を申し渡したのは午後10時を過ぎていた。

 長い闘いが始まるどの段階で溝部先生が患者さんに話をしたのか、患者さんの長期にわたる運動の原動力はなんだったのか、患者会のお母さんから話をしていただく。

 

患児の母親 Aさん

 溝部先生は患者と医師の隔たりを感じさせず、その態度はいつも変わらない。

 その先生が医師を辞めさせられることは「変じゃないか?先生が辞めなくていいように行政にお願いしよう」ということで県庁や社会保険事務局にお願いに行った。先生が診療できなくなって一番の被害者は子どもたち。先生に診療を続けてもらいたいという一心で土下座をしてお願いしたが、本当に屈辱的だった。

 署名活動をしていても「こんなことをしていて結果がでるのだろうか?」と思うこともあったが、裁判を傍聴していたときに、裁判官質問に溝部先生が「命を断つことも…」と言われたとき、この先生のために、我が子のために、自分自身のために最後まで力になることをしようと決心をした。

 

患児の母親 Bさん

 子どもが初めて溝部先生に診てもらったのは処分が下る少し前。食物アレルギーでどこに行ってもよくならず、憔悴していた時で話をきちんと聞いてもらった。その時、「他の病院を紹介することになる」と言われ、医師に保険医取消という処分があることを初めて知った。

 患者のために行っていることが法に触れるなら、悪いのは先生ではなく法に問題があると思う。溝部先生のような先生が、全国でいなくなっていることを考えると「しょうがない」と諦めることはできない。

 先生の「このままでは終わりたくない」という思いが伝わってきた。早い時期に話してくれたことが、私たちにとってもいい結果になった。署名や裁判の傍聴は大変だったが、先生がいなくなることに比べると何でもないこと。

 子どもの頃虐めにあったが、虐められる自分が悪いのかなという気持ちになり、自分を抹殺したいと思ったことがあった。孤独な中で監査を受ければ同じような気持ちになるのではないか。

 不当に監査を受ける先生もいらっしゃると思うが、立ち向かっていけるよう頑張っていただきたいと思う。

 

ルポライター 矢吹紀人 氏



指導・監査の改善は国民の「受療権」を守るための国民的課題

 かつて富山の山村で開業されていた川腰医師が、指導によって自死された本を書いたことから、その後も個別指導に関わる取材をし溝部先生とも出会わせていただいた。

 そのなかで私自身の思いと、ジャーナリストとしての立場から、今の時代にこうした個別指導が残っていることが国民にとって何を意味するのか、という話をしたい。

 「開業医はなぜ自殺したのか」という本を書いたのは16年前になる。事件の真相が明らかになる中で、個別指導の在り方について全国的な運動が起こった。その過程で、強圧的・高圧的・威圧的な個別指導は少なくなってきたと聞いていたが、ところが現在でも溝部先生や不幸にして自死という道を選ぶ医師がいるなど、個別指導の在り方が当時と全く変わっていないというのが私の思いであり、皆さんの共通の認識ではないかと思う。

 個別指導の問題は、刑事犯に対する取り調べも全面可視化という方向に進んでいる時代にありながら密室でやられており、ある人たちの恣意が法的なバックアップを持って入り込んでしまうという旧態依然とした在り方にある。「ある人たち」とは、地方の医師会の中枢にいる人たちであり、国の医療に対する考え方がそこに表れている。

 取材をしていて、溝部事件の発端・真相は、地方の医師会の中枢にある人たちによる溝部先生の医療に対する圧力・迫害であり追い出し工作であったと思っている。こうしたことが簡単にできてしまう現在のシステムによって、国民のための医師が保険医を取り上げられ、国民が受けたい医療が受けられなくなってしまうことが一番の問題ではないか。

 個別指導が、ある人々の恣意によって国民の受療権を奪ってしまう例を紹介したい。M医師は2007年7月に指導を受け8月には監査、10月に取消処分となりその年の暮れに自死された。

 指導での指摘事項を見ても、「診療録への必要事項の記載が乏しい」「自由診療と保険診療の診療録の区別がされていない例が認められた」「軟膏処置の範囲が診療録に記載されていない例が認められた」など、確かにルール上間違いかもしれないが「不当」であっても「不正」ではない。この程度のことでなぜ取消ができたのか、論理的には考えられないことだ。

 この事件は取消だけでは終わらず医師会から呼び出しを受け、「過去5年間のレセプトを点検して不正箇所を訂正しろ」など、到底できないことを「やれ」と迫る。こうしたことが法的バックアップのもとでやられていることは、どう考えてもおかしいことだ。

 ジャーナリストの立場からいうと、善意で医療をやっている医療者へのこのような個別指導は1980年代から始まった医療費抑制策のためのものであり、こうした状況が続く限り医師は患者のためのいい医療はできず、患者は必要とする医療を受けることができなくなる。

 現在、国は「公的医療費抑制」を掲げ、「国保取り上げ」さらには「TPP参加」などで国民が正当に医療を受ける権利を強力に制限しようとしている。指導・監査のあり方を放置すれば、日本の医療はさらに暗黒の時代に入ってしまうだろう。

 繰り返しになるが、医師に対する指導・監査の問題は患者にとって自分たちの必要とする医療が受けられなくなるという国民的問題であり、大きな運動を起こしてほしい。

 

フロア発言から


取消処分になって5年経過すれば自動的に保険医登録が認められるものではない。処分は本人は勿論、家族にも様々な苦難を与える。些細なルール違反で「無期懲役」ともなりかねない処分を妥当なものとするためにも、法律を変えていく以外にない。


最初から処分は決まっていた。5年間遡って返還を求められ徹夜で作業をするうちに正常な判断ができなくなった。相談に応じてくれる法律家もいなかった。医師会の役員からは「詐欺罪で牢屋に入れられる」という脅かしもあった。


我々は医師として良心に照らし医療に取り組むことが本来の立場だが、本来必要のない制度が必要なものをなくしている。患者・医師が一緒になって政治に働きかけなければならない。


新規指導で「経過観察」と言われただけで「再指導、監査」がインプットされ恐怖心に駆られる。戦前から生きている状況を変えていく運動を強めなければならないと感じている。


「目立つ・はやっている」女医は見せしめの標的にされる。弁護士は「行政訴訟は勝てない」というが、負けずに頑張りたい。


「監査マニュアル」の開示請求を行ったが、「不正・不当金額欄」などを不開示としている。その理由は比例原則に反するばかりか司法判断を求める権利を否定するもの。東京高裁判決が出ても、厚労省は闇の世界に引き戻そうとしている。表に出て闘わないとこの世界は闇のままだ。


 

質問及び回答から

医療者と患者を分断する力が常に働いているなかで、患者さんが行政に土下座までされた話には泣いてしまった。普段の診療に対する信頼が厚かったことは当然だが、患者会の結成や運動が広がった経緯はどのようなものか。

患児の母親Bさん:「どうしようか、何ができるか?」と数人から出発した。署名で何かが変わるのではないか、ということから署名に取り組みことにしたが、趣旨を明確にするために「会」を立ち上げたのが出発点。「先生を失いたくない」という強い思いが継続の力となっている。

溝部医師:お母さん方から「診療所を閉鎖するのはおかしい」「取消を認めれば今までやってきたことを否定することになる」と言われハッとした。

 

個別指導中断中に患者調査を行うことについて、裁判で問題にならなかったのか。

石川弁護士:調査の目的が隠され、それが処分の証拠となされるなど、問題はある。しかし、患者調査で調査の理由を明らかにすることによる弊害もある。裁判(行政訴訟)では、患者が言っていないことを書いていれば証拠力はないが、署名があれば証拠として認められる。本件では、他の問題の違法性の大きさなども考慮し、患者調査の問題については、取消処分の違法理由としての主張はしなかった。

 

「不正請求した保険医は擁護しない」という考え方は正しいのか。

石川弁護士:弁護士からいうと2つの点で誤っている。
 「不正は擁護しない」は分かる。
 しかし、第1に、実体ルールからいうと、ここでの問題は、「不正請求したら取消処分ができる」というルールでよいのか、「不正請求した保険医の中で、誰を取消処分にするか、行政庁が広範な裁量で決められる」ということでよいのか、という問題である。「不正請求で処分を受けた保険医は擁護しない」というのは、このような実体ルールをよしとする行政庁の考え方を擁護するものとなる。
 処分に値するかどうか、値するにしても法令できちんと基準を定めた「不正」の程度に応じた不利益処分でなければならない。「不正」の程度に比べて重すぎる不利益処分は許されず、過大な処分をされようとする者は擁護すべきである。

 第2に、手続ルールからいうと、前提として事実は何であったか、その事実は「不正」(または「不当」)な診療(報酬請求)と評価されるか否か、「不正」な診療(報酬請求)をしたとしても、どの程度の「不正」をしたかは、適正な手続を経なければ確認できない。事実は何であったか、不要な診療であったか否か、取消処分に値する程度であったか否かについて、行政庁の言い分が常に正しいというのであれば、手続はいらない。しかし、東京高裁判決は、行政庁の言い分が常に正しいわけではないことを示した。
 「不正請求した」とされる保険医も、「不正請求した」という具体的事実が認定され且つ「不正」の程度が取消処分に値するとの評価を基礎づける諸事情が認定されるまでの適正な手続が保障されるよう、擁護すべきである。


 

Part1/(1)高久隆範支援ネット代表世話人の挨拶・(2)石川善一弁護士の講演要旨はこちら

 

 

溝部訴訟(山梨県)



保険医の取消処分を撤回させた溝部訴訟〜当事者が語る 2012年2月21日



講演会/まだ何も変わっていない 行政庁の広範な裁量権縛る必要訴え 2011年11月5日号




溝部訴訟勝訴報告集会/広範な行政裁量権に「法の支配」の拡大を2011年7月2日



溝部達子医師の談話2011年6月15日




保険医療機関指定・保険医登録の各取消処分の取消し(裁量権逸脱)を認めた東京高裁判決確定を受けての代理人弁護士コメント 2011年6月15日


談話/溝部訴訟 国が上告断念 代表世話人 高久隆範 2011年6月15日



溝部訴訟 高裁で初の勝訴 「行政裁量権」に比例原則を適用 2011年6月6日


傍聴記/溝部先生 控訴審でも勝訴 代表世話人 高久隆範 2011年6月1日



取消処分は「裁量権を逸脱し違法」東京高裁が国の控訴を棄却 2011年6月2日


溝部訴訟・控訴審が結審 2010年12月14日


溝部医師からのメッセージ 2008年9月22日




溝部訴訟の概要


弁論/甲府地裁 2009年2月3日


「取消処分は妥当」という主旨発言 2009年1月25日


溝部達子医師からの報告 全国保険医新聞 2008年12月25日号


保団連理事会で溝部原告が報告、理事会支援見送り 2008年11月10日


弁論/2008年10月14日 本人尋問 2008年10月18日


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